仙台地方裁判所 昭和62年(ワ)512号 判決 1987年12月23日
原告
髙橋眞
原告
髙橋妙子
被告
相原信一
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判及び当事者の主張
一原告髙橋眞(以下「原告眞」という。)は、別紙一「訴状写し」中「請求の趣旨」欄記載のとおりの判決を求め、同「請求の原因」欄記載のとおり請求原因を述べた。
二原告髙橋妙子(以下「原告妙子」という。)は、本件各口頭弁論期日に出頭しなかつたが、第一回口頭弁論期日に原告眞と同様に訴状を陳述して、右一と同旨の判決を求め、同じく請求原因を述べたものとみなした。
三被告は、本件各口頭弁論期日に出頭しなかつたが、第一回口頭弁論期日に、同期日に出頭した原告眞に対する関係でのみ、別紙二「答弁書写し」のとおりの内容の答弁書を陳述したものとみなした。
第二当裁判所の判断
一職権により当裁判所が本件訴訟記録を精査したところ、左記1に記載の諸点が認められ、これに左記2に記載の本件訴訟の経緯及び前記答弁書の記載内容をも総合して考えると、左記3に記載のとおりの理由で、本件訴えは、実際は、請求原因中に記載のような「昭和四九年一月一〇日」という古い時期に、原告らと被告が原告ら主張の土地の売買契約を締結した事実などないにもかかわらず、民事訴訟手続についての専門的知識のない者にはいかにも裁判所が慎重審理の結果この事実を認めたかのように受け取られかねない内容の判決を取得して、その判決を不当な目的(左記3に記載のとおり考えられるのは脱税)に利用しようという意図の下に、原、被告が共謀して提起したいわゆる馴れ合い訴訟と判断せざるを得ない。
記
1 本件訴訟記録から認められる事実
(一) 本訴提起の際、訴状とともに提出された甲第一号証「不動産売買契約証書」の写しの内容は、別紙三のとおりであるところ、その作成日付が昭和四九年一月一〇日と記載されているこの契約書中の不動文字の部分は、明らかにワードプロセッサー(以下「ワープロ」という。)によつて印刷されたものと認められる。
(二) 右書面末尾の売買物件の表示欄の各物件の表示部分の文字もワープロによるものと認められるが、右不動文字よりもやや小型であり、右不動文字の部分の印刷に用いられたものとは別のワープロの文字と判断される。
(三) 右各物件の表示部分は、訴状添付の別紙物件目録中の各物件の表示部分と文字の線の太さ以外は文字の形、大きさ、印字された各文字の位置関係等寸分違わず右太さの違いは、後者がワープロによつて直接印字されたものであるのに対し、前者はそれを電子複写機で複写したものを契約書用紙の末尾に貼り付けて再複写し、更に当裁判所に提出された甲第一号証は契約書の写し即ち右各物件の表示部分のワープロ文字は少なくとも再々複写であるため、こうした何回もの複写の過程で次第に文字の線が太くなってしまったものと推定され、両者は同一のワープロによつて同一の時期に印刷された文字と判断される。
なお、右各目録には、いずれも一番六四及び六六の各土地の面積が七五〇平方メートル及び七二〇平方メートルと記載されているところ、訴状添付とともに提出された甲第五号証の各登記簿謄本の写しには、7.50平方メートル及び7.20メートルと表示されているのであつて、こうした誤記の点まで右各物件目録の表示は同じである。
更に、後にも触れる訴状とともに提出された甲第四号証の委任状の写し(その内容は別紙四のとおり)中の委任事項欄の文字もワープロの文字と認められるところ、この文字は訴状の物件目録の文字と同じで、しかも、横書きのため算用数字が用いられているものの、前記誤記の点は全く同じであるから、この委任事項部分と訴状の物件目録とは同一の時期に、同一人が同一のワープロで印字したものと推定せざるを得ない。
(四) 甲第一号証の契約書二行目の売主「相原信一」の手書文字は、その下の買主の氏名の手書文字が買主の署名の文字と同一筆跡と判断されるので、売主側即ち本訴の被告側の者が記載したものなのではないかと推定されるところ、右「相原信一」の文字は、訴状とともに提出された甲第六号証の「固定資産課税台帳登録事項証明書」の写し(その内容は別紙五のとおり)中の当該証明書交付申請の手続きをした者が記載したはずの右上太線内の納税義務者「相原信一」の文字と明らかに同一筆跡と判断される。そして、この証明書交付申請の日付が「昭和六二年五月一一日」、使用目的が「裁判所」と表示されていることも併せ考えると、この証明書は、昭和六二年五月一三日に当裁判所に提出された本件訴状の添付書類として使用する目的で、甲第一号証中の前記部分に「相原信一」と記載した者(以下「訴外某」という。)が直接仙台市役所に出頭して取得して来たものと認められる。
(五) 甲第六号証中の右上太線内の手書きの文字と訴状の文字特にそのうちの当事者の表示部分とを対比してみると、両者は酷似しており、同一人の筆跡と判断されるので、訴状は訴外某が作成したものと推定され、また、訴状とともに提出された甲号各証の写しに記載の証拠番号の表示も訴状中の立証方法欄の文字と同一筆跡と認められるので、これも訴外某が記載したものと推定される。
(六) ところで、甲第一号証中の売買当事者の署名部分の文字は、売主側は被告、買主側は原告眞がそれぞれ自署したものであろうと考えられるところ、このうち売主側の署名の文字は当該契約書冒頭の前記売主「相原信一」の手書きの文字とはその筆跡が異なるものと認められ、また、訴状とともに提出された被告名義の領収証の写し及び甲第四号証中の被告名義の各署名の文字並びに答弁書の文字も甲第一号証中の被告名義の署名の文字と同一の筆跡と認められることも併せ考えると、訴外某は、原告眞及び被告とは別の人物で、恐らく原告妙子とも異なるもの(原告眞は、第三回口頭弁論期日に出頭した際、当裁判所が次の期日には原告妙子も連れて来るよう促したところ、原告妙子は原告眞の妻で、本件については何も知らない旨述べていた。)と推定される。
(七) 甲第五号証の各登記簿謄本の写しによれば、本件各物件について、いずれも仙台法務局東仙台出張所昭和六二年四月一七日受付第八七一五号を以て「昭和五八年七月四日住居表示実施」を原因とする所有名義人(被告)の住所の表示を「仙台市原町苦竹字金屋敷参壱番地の七」から「仙台市苦竹一丁目九番壱参号」に変更する登記名義人表示変更の付記登記がなされているが、各登記簿とも甲区欄のみで、右付記登記の後には何らの登記もないので、これは被告自らの申請に基づいてなされたものと推定されるところ、なぜ右の時期にわざわざ右のような登記手続きがなされたのかということを考えてみると、本訴請求を認容した判決に基づく登記手続きの準備行為としか考えようがない。
(八) 前記(三)の最後の部分に記載のとおり、甲第四号証の委任状中の委任事項欄は、訴状の別紙物件目録と同時期に同一人によつて同一のワープロで印字されたものと推定されるところ、これに「昭和六〇年二月」と記載の上、前記のとおり被告の筆跡と認められる住所氏名の記載があり、しかもその名下に押捺されている印影は、訴状とともに提出された甲第三号証の印鑑登録証明書の写しの印影と対照してみると全く同じで、被告の実印と認められるのであるから、この委任状は被告と訴状の物件目録の作成者によつて訴状と同時期に作成されたもので、ワープロを打つたのは、前記のとおり訴状本文の作成者が訴外某と認められることからすると、同人ないし同人の補助者と推定される。
(九) 昭和六二年七月八日の本件第一回口頭弁論期日前の同月六日に被告名義の答弁書が当庁に郵便で到達したが、この答弁書の入つていた封筒に記載の各文字は別紙六のとおりであつて、答弁書の文字の筆跡とは明らかに異なり、訴状の文字と酷似しているので、これも訴外某の筆跡で、同人によつて投函されたものと推定される。
2 本件訴訟の経緯
(一) 第一回口頭弁論期日には、原告眞のみ出頭して訴状を陳述したが、原告妙子及び被告はともに出頭せず、原告妙子については訴状を、被告については答弁書をそれぞれ陳述したものとみなした(但し、答弁書は原告眞に対してのみ)。
(二) 当裁判所は、本件訴訟記録から前記1の諸点が認められたことから、本訴の適法性について疑問があると考え、当事者から事の真相を確かめるべく、第二回口頭弁論期日に職権で原、被告各当事者本人尋問を実施することとして、原告眞には第一回口頭弁論期日にその旨告知し、原告妙子及び被告に対しては呼出しの手続きをとつたが、第二回口頭弁論期日には当事者全員出頭せず、延期となり、次いで指定した第三回口頭弁論期日には原告眞のみ出頭したものの、原告妙子は出頭せず、被告については呼出状の送達が間に合わなかつた(本件訴訟記録によれば、当裁判所が昭和六二年九月一七日に郵便による特別送達の方法で発送した呼出状等を被告側が郵便局の窓口で受け取つたのは同年同月三〇日午後一時三〇分と指定された第三回口頭弁論期日終了直後の同日午後三時一〇分であつたことが認められる。)ことから、同期日は延期となり、更に第四回口頭弁論期日が指定されたが、当事者全員出頭せず、ついに当事者各本人尋問の実施はこれを断念せざるを得なくなつて、弁論終結となつた。
3 本件訴訟は不当な目的に判決を利用しようとして提起されたいわゆる馴れ合い訴訟と判断されることについて
(一) 前記1に列挙の各事実に同2の事実及び本訴における前記当事者の主張の内容を総合すると、原告ら主張の時期における売買契約締結の事実などない(昭和四九年一月当時ワープロは未だ市販されておらず、一般人がワープロを使用するようになつたのは近年のことである。)にもかかわらず、多少訴訟手続きや登記手続き等についての法律知識があると思われる訴外某の指導の下に、原、被告相協力して、右契約があたかも真実存在したかのような証拠書類まで偽造して虚偽の事実を裁判所に認定させ、原告らの請求を認容する内容の判決を取得しようとしたいわゆる馴れ合い訴訟と判断せざるを得ない。
そして、訴状には被告が登記済み権利証を原告に渡さないため登記手続きができない旨の記載があるところ、原告らが訴状とともに提出した前記甲号証中の委任状や印鑑登録証明書を被告から取得していたというのであれば、権利証がなくとも登記の手続きはできたはずであり、また、答弁書の記載内容からは被告が当該登記手続きを拒んで来たとも思えず、結局のところ、本訴は当事者間では請求の趣旨記載の登記手続きをすることが可能であるにもかかわらず、その登記手続きのみでは達成できない他の目的に判決を利用しようとする意図の下に提起されたものと推定せざるを得ない。
(二) それでは、右他の目的とは何であろうか。九分九厘脱税と推測される。即ち、本件不動産の譲渡が実際は最近のものであれば、被告の当該譲渡による所得が所得税等の課税対象となるが、本訴において原告らが主張しているように昭和四九年一月一〇日に売買契約が締結され、代金も全額支払われたということであればこの譲渡による所得に対しては、課税庁は更正等の期間制限(国税通則法七〇条地方税法一七条の五)との関係でもはや課税できないものであるところから、実際は最近の売買であるにもかかわらず、いかにも昭和四九年という遠い昔の売買であつたかのような外観を作り出して税務職員の目をごまかし、税負担を免れようとする目的で、単に当事者が作成した契約書等の書類や、登記の記載のみでは税務職員の目はごまかせないところから、民事訴訟の手続きには比較的疎いと考えられる税務職員の目をごまかす方法として、たとえ馴れ合い訴訟の結果であつても、素人目にはいかにも当事者が真剣に争い、裁判所が厳格な証拠調べを実施してすべての事実を認定したかのように誤解されがちな判決を取得して、昭和四九年の売買という点については判決という裁判所のお墨付きがあり、動かし難い事実であるかのように説明しようとしたものと推測せざるを得ない(なお、買主側も、仮に転売ということまで考えているとすれば、本件売買が最近のものであれば転売による譲渡所得に対しては取得後短期間内の譲渡であるため多額の税金を負担しなければならなくなるが、取得の時期が昭和四九年ということであれば取得後長期間経過してからの譲渡ということになるため、少額の税負担で済むことになるので、利益があり、或いはこうしたことまで考えてのものである可能性もある。)。
そのほかには目的としてほとんど思い当たることがないが、いずれにせよ、当事者馴れ合いで裁判所に虚偽の事実を認定させ、その事実に基づく判決を取得しようというからには、その目的が正当なものであろうはずがない。
二してみると、本件訴えは正当な訴権の行使とはいえず、民事訴訟法もこのような不当な目的による馴れ合い訴訟まで許す趣旨とは到底解されないものである(脱税は、いうまでもなく、犯罪行為であり、判決が脱税の手段として利用されようとしていることに気付きながら、事実関係については当事者間に争いがないとして裁判所が請求認容の判決をするなどということはもとより許されようはずのないものである。)。
三以上の次第で、本件訴えは不適法と判断されるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官遠藤きみ)
別紙一訴状<省略>
二答弁書<省略>
三不動産売買契約証書<省略>
四委任状<省略>
五固定資産課税台帳登録事項証明書<省略>
六答弁書在中封筒<省略>